リュードルフィア特許事務所は、お客様一人一人に親身になって接することをモットーにしている特許事務所です。

ニュースレターNo.9 「発明の技術的範囲 判例解説」

<概要>

今回は、平成12年 (ワ) 第7221号 特許権侵害差止請求事件について検討してみました。
この事件は、肺、頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤に関するものです。原告である特許権者が、被告の気管支喘息治療剤の輸入、販売が原告特許権を侵害するとして差止及び廃棄を求めたものです。

原告特許権 (特許第2769925号) の特許請求の範囲は下記の通りです。

「治療的に有効量のベクロメタゾン17, 21ジプロピオネート;1, 1, 1, 2 - テトラフルオロエタン、1, 1, 1, 2, 3, 3, 3 - ヘプタフルオロプロパン及びそれらの混合物より成る群から選ばれるハイドロフルオロカーボンを含んで成る噴射剤;並びにこの噴射剤の中にこのベクロメタゾン17, 21ジプロピオネートを溶解せしめるのに有効な量のエタノール;を含んで成るエアロゾル製剤であって、実質的に全てのベクロメタゾン17, 21ジプロピオネートがこの製剤において溶けており、且つ、この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とする、肺、頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤。」

一方、被告製剤の構成は下記の通りです。

「A. 以下を含んで成るエアロゾル製剤である。
(a) 有効成分として、日局プロピオン酸ベクロメタゾンを含有している。
(b) 噴射剤として、HFC-134aを含有している。
(c) エタノールを含有しており、その量は前記有効成分を溶解せしめるのに足りる量である。
B. 前記有効成分 (a) の全てが、エアロゾル製剤Aに溶けている。
C. 界面活性剤は含まれていない。
D. 気管支喘息治療剤である。」

争点の一つは、被告製剤が本件発明の技術的範囲に属するか否かと言う点にありました。より詳細には、被告製剤が、
(i) 「この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないこと」及び
(ii) 「肺、頬又は鼻への投与のためのエアゾル製剤であること」の構成要件を充足しているか否か (他の構成要件については争いがありません)、並びに
(iii) 仮に、被告製剤が本件発明の構成要件を充たしているとしても、被告製剤が本件発明の作用効果を有しないため、本件発明の技術的範囲に属しないと言えるか (作用効果不奏功の抗弁)
と言う点にありました。

A. 被告の主張の要点は下記の通りです。

(i) 「この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないこと」とは、界面活性剤が含まれていることを前提として、その量が0.0005重量%以上でないと言うものである。従って、界面活性剤が全く含まれていない被告製剤は本件発明の上記構成要件を充足しない。

(ii) 被告製剤は気管支喘息治療剤であり、肺ではなく気管支に薬剤を投与するものであるから、「肺、頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤であること」の構成要件を充足しない。

(iii) 特許発明には、特許請求の範囲に記載された構成により得られる効果が必ずあるのであり、発明において構成と効果は不可分である。そして、その効果は明細書の発明の詳細な説明の項に記載されているはずである。従って、特許請求の範囲の記載からすれば、形式的にはその範囲内に包含されるものでも、その発明の効果を奏しないものは、技術的範囲に属しないことになる。

本件発明の作用効果は、?界面活性剤を実質的に含まないことにより、従来の界面活性剤を含むベクロメタゾン17, 21ジプロピオネート製剤より化学的安定性に優れている、?市販のベクロメタゾン17, 21ジプロピオネート製剤よりも有意に高い吸入率を提供するとの2点であるが、被告製剤はこれらの作用効果を有しないから、本件発明の技術的範囲に属しない。

そして、被告製剤がこれらの作用効果を有しないことを、証拠を提出して主張しています。

B. 原告の主張は重複するので省略します。

C. 裁判所の判断の要点は下記の通りです。

(i) 本件の特許請求の範囲には、「この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないことを特徴とする」と記載されている。また、発明の詳細な説明には、「本発明の製剤は界面活性剤を実質的に含まない。本明細書及び請求の範囲において用いる『実質的に含まない』とは、この製剤がその総重量に基づいて0.0005重量%以上の界面活性剤を含まないことを意味する。好ましい製剤は界面活性剤を全く含まない。」との記載がある。

従って、本件発明の「この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないこと」とは、界面活性剤が全く含まれていない場合を含むものと解する。

(ii) 本件の特許請求の範囲には、「肺、頬又は鼻への投与のためのエアロゾル製剤」と記載されている。また、発明の詳細な説明には、「ベクロメタゾン17, 21ジプロピオネートの溶液製剤は・・・吸入率(即ち、薬理作用が及ぼされる肺の気道に達することのできる活性成分のパーセンテージ)を高めることができる」との記載等がある。該記載によれば、「肺への投与のためのエアロゾル製剤」とは、肺の気道に活性成分が到達することにより薬理作用を及ぼすエアロゾル製剤を意味すると解される。

被告製剤は、気管支喘息治療薬であるエアロゾル製剤であり、証拠によれば、「吸気により気道や肺胞に沈着することにより効力を発揮する製剤」であると認められる。従って、被告製剤は「肺への投与のためのエアロゾル製剤」に当たると言える。

(iii) 作用効果不奏功の抗弁について

特許請求の範囲の記載が一義的に明確でない場合には、明細書の発明の詳細な説明中の効果の記載も参酌されるべきである。また、特許請求の範囲に記載された構成が発明の詳細な説明に記載された効果を奏しないものまで含む場合には、特許の無効理由を内包することになるのであるから、特許請求の範囲は、明細書に記載された効果を奏する範囲に限定して解釈されるべきである。

特許発明は、従来技術と異なる新規な構成を採用したことにより、各構成要件が有機的に結合して特有の作用を奏し、従来技術にない特有の効果をもたらすところに実質的価値がある。その故にこそ特許されるのであるから、対象製品が明細書に記載された効果を奏しない場合にも特許発明の技術的範囲に属するとすることは、特許発明の有する実質的な価値を超えて特許権を保護することになり、相当ではない。

特許請求の範囲の技術的意義を解釈するに当たって作用効果を参酌することはもとより、対象物件が特許請求の範囲に記載された構成と同じであっても、当該特許発明の作用効果を奏しない場合に、対象物件が特許発明の技術的範囲に属しないとすることも、特許請求の範囲をその文言上の意味するところから作用効果を奏する範囲に限定して解釈するものにほかならないから、特許法70条1項の規定に反するものではない。

そして、対象物件が特許発明の作用効果を奏しないことの立証責任は被告にあるとし、被告が提出した証拠を検討して、被告製剤には、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された作用効果がないとは言えないと判断しました。そして、被告製剤が本件発明の作用効果を奏しないことを理由に本件発明の技術的範囲に属しないと言うことはできないと結論しました。

裁判所は、以上のように述べて、被告の主張を却下しています。

検討

「この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%以上含まれていないこと」と言う構成要件(i)に関して、被告は、本件発明のエアロゾル製剤には界面活性剤が0.0005重量%未満で含まれていることが前提であると主張しています。しかし、この議論には無理があると考えます。この文言だけをとらえても界面活性剤を全く含まないものが除外されるとは考え難いと思います。まして、発明の詳細な説明に「好ましい製剤は界面活性剤を全く含まない。」と記載されていたのでは、手も足も出ないと考えます。ここで、例えば、「この製剤に任意の界面活性剤が0.0005重量%未満含まれていること」と特許請求の範囲に記載されていたらどのようになったでしょうか。この表現だと、「含まれている」ということになりますので、界面活性剤を全く含まないものが除外されると考えられなくはありません。微妙な問題ですが、発明の詳細な説明に「好ましい製剤は界面活性剤を全く含まない。」と記載されていれば、やはり、界面活性剤を全く含まないものも発明の技術的範囲に含まれるということになるでしょう。もし、発明の詳細な説明に上記のような好ましい製剤の記載がなければ争いになるかもしれません。いずれにせよ、特許請求の範囲に記載する文言には十分注意する必要があります。

また、構成要件(ii)に関し、被告は、被告製剤は気管支喘息治療剤であり、肺ではなく気管支に薬剤を投与するものであると主張しています。気管支喘息の治療剤であるから、肺に投与するのではなくて気管支に投与するのだというのは、一つの理屈ではありますが、これも、常識的に考えて無理な議論のように思われます。

このように被告は上記二つの構成要件(i)及び(ii)について争っています。被告は、いずれに関しても無理を承知で、とりあえず異なると考えられる構成に関して反論しておこうと考えたのだと思います。

被告が主張した「作用効果不奏功の抗弁」は有力であると考えます。実際、裁判所も、対象物件が特許請求の範囲に記載された構成と同じであっても、特許発明の作用効果を奏しない場合に、対象物件が特許発明の技術的範囲に属しないとすることも、特許請求の範囲をその文言上の意味するところから作用効果を奏する範囲に限定して解釈するものにほかならないから、特許法70条1項の規定に反するものではないと述べています。

しかし、被告は、被告製品が本件発明の作用効果を奏しないことを立証できませんでした。本件の発明の詳細な説明に、界面活性剤を全く含まないものが好ましい製剤である旨の記載があるのですから、界面活性剤を全く含まない被告製品が、本件発明の作用効果を奏しないとも考え難いと思います。

被告は、控訴審 (平成13年(ネ)第3840号) において、作用効果不奏功について再度争っています。この際、控訴人(被告) は、構成要件(i)及び(ii)については争いませんでした。

控訴審において裁判所は、以下のように述べて、控訴人の主張を却下しています。

対象製品が明細書に記載された作用効果を生じないことは、当該作用効果と結びつけられた特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有していないことを意味し、又は、特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを意味する。従って、対象製品が特許発明の技術的範囲に属しないことの理由として明細書に記載された作用効果を生じないことを主張するだけでは不十分であって、その結果、当該作用効果と結びつけられた特許発明の特定の構成要件の一部又は全部を備えないこと、又は、特許発明の構成要件の一部又は全部を構成として有しながら同時に当該作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを主張する必要がある。

化学や医薬等の発明の分野においては、特許発明の構成要件の全部又は一部に包含される構成を有しながら、当該特許発明の作用効果を奏せず、従前開示されていない別途の作用効果を奏するものがあり、このようなものは、当該特許発明の技術的範囲に属しない新規なものと言える。従って、このようなものについては、対象製品が特許発明の構成要件を備えていても、作用効果に関するその旨の主張により、特許発明の技術的範囲に属することを否定し得る。

控訴人は、原審において、構成要件(i)及び(ii)の充足を否認したものの、本件発明の作用効果を奏しないことに結び付けて主張したわけではなく、当審において、構成要件(i)及び(ii)の充足を争わなくなったのであるから、前記前者の趣旨の主張をしているとはいえず、本件発明の作用効果を奏しないと主張するのみで、本件発明と別途の作用効果を奏するとの主張をしていないから、前期後者の趣旨の主張をしているとも言えない。

裁判所は、このように述べて、控訴人の主張自体必ずしも十分ではないと判断しています。裁判所は一応、控訴人の主張である控訴人製品が本件発明の作用効果を生じないことに関して判断をし、原審同様に本件発明の作用効果を生じないとは言えないと結論しています。

以上のように、「作用効果不奏功の抗弁」は有力な手段であると言えます。しかし、それを主張するためには、控訴審において裁判所が述べている通り、

a. 明細書に記載された作用効果を生じないことと共に、その作用効果と関係した特許発明の特定の構成要件の一部又は全部を備えないことを主張すること、

b. 明細書に記載された作用効果を生じないことと共に、その作用効果の発生を阻害する別個の構成要素を有することを主張すること、

c. 化学や医薬等の発明については、対象製品が特許発明の構成要件を備えていても、当該特許発明の作用効果を奏せず、従前開示されていない別途の作用効果を奏する旨を主張すること

が必要となります。

この「作用効果不奏功の抗弁」は、侵害訴訟等のみならず、明細書作成時における従来技術との相違の説明、拒絶理由通知に対する意見書の作成、無効審判における主張等において応用可能と考えます。

以 上


お問合せはこちらから!!

リュードルフィア特許事務所「業務内容」のページに戻る

リュードルフィア特許事務所のトップページに戻る



リュードルフィア特許事務所は化学関係を主体とした特許事務所です。